株式会社オービックビジネスコンサルタント 代表取締役社長 和田 成史さん
株式会社オービックビジネスコンサルタント 代表取締役社長 和田 成史さん
2020/06/15
立教卒業生のWork & Life
OVERVIEW
歌舞伎役者が登場するテレビCMで知られる、財務会計ソフト「勘定奉行」。同製品をはじめとする基幹業務ソフト「奉行シリーズ」の顧客は累計56万社を超え、高いマーケットシェアを誇る。これらを世に送り出したのが、オービックビジネスコンサルタント(以下、OBC)代表取締役社長の和田成史さんだ。
大学1年次のときに参加した新入生対象のキャンプ
生まれは東京?品川。祖父が炭問屋を営み、大勢の従業員が出入りするにぎやかな家で育った。「まさに、映画『ALWAYS三丁目の夕日』の世界です」と和田さんは懐かしそうに笑う。野球に夢中だった少年は、兄の後を追いたくて、猛勉強の末に立教中学校の門をくぐった。
「教会付属の幼稚園に通い、日曜学校にも足を運んでいたためキリスト教になじみがありました。立教中高でも礼拝がありましたし、何より先生方が愛情深く接してくださった。『キリスト教に基づく人間教育』を肌で感じ続けた6年間でした」
当時から数字に強く、大学は理系への進学を考えていたが、最終的に選んだのは立教大学経済学部経営学科。きっかけは、兄の一言だったという。
「ちょうど公認会計士という資格が世間で認知され始めた時期で、兄から『将来、役に立つぞ』と言われたのです」
入学後は、学生生活を存分に謳歌。3年次の半ばから、公認会計士試験の勉強に本腰を入れた。
「3年次の夏に、車で西日本を一周する旅に出て。戻ってから友人を集め、『申し訳ないが、試験に受かるまで付き合いが悪くなる』と、しばしの別れを告げました(笑)」
やると決めたらとことんやり抜く性格は、小さい頃から変わらない。強い意志で勉強に励み、大学卒業の翌年、難関を突破して合格を果たした。
「教会付属の幼稚園に通い、日曜学校にも足を運んでいたためキリスト教になじみがありました。立教中高でも礼拝がありましたし、何より先生方が愛情深く接してくださった。『キリスト教に基づく人間教育』を肌で感じ続けた6年間でした」
当時から数字に強く、大学は理系への進学を考えていたが、最終的に選んだのは立教大学経済学部経営学科。きっかけは、兄の一言だったという。
「ちょうど公認会計士という資格が世間で認知され始めた時期で、兄から『将来、役に立つぞ』と言われたのです」
入学後は、学生生活を存分に謳歌。3年次の半ばから、公認会計士試験の勉強に本腰を入れた。
「3年次の夏に、車で西日本を一周する旅に出て。戻ってから友人を集め、『申し訳ないが、試験に受かるまで付き合いが悪くなる』と、しばしの別れを告げました(笑)」
やると決めたらとことんやり抜く性格は、小さい頃から変わらない。強い意志で勉強に励み、大学卒業の翌年、難関を突破して合格を果たした。
使命に駆られて起業先見性と発想力で事業を拡大
公認会計士試験合格後は各所から声が掛かり、簿記?会計専門学校での受験指導、システム系のコンサルティング、会計事務所で監査業務の手伝いをこなす「3足のわらじ」生活に突入。多忙を極める日々が3年ほど続いた頃、世の中にパソコンが登場する。これに、和田さんは目を付けた。
「当時、会計システムの専用機は非常に高額でした。パソコン用の安価な会計ソフトを開発すれば、多くの企業の業務効率化を実現できる。誰もやっていないからこそ自分が挑戦しなければと、起業を決意しました。とにかく人や社会に貢献したいという思いが強かった。それは、立教で培ったキリスト教の精神や、中高の先生方の姿に自然と影響を受けていたのかもしれません」
1980年にOBCを設立、会計ソフトの開発に乗り出した。「必ず売れる」という自信はあったが、企業経営は一筋縄ではいかなかったという。
「資金も人も足りず、あるのはアイデアだけ。最初の頃は本当に苦しかった」
しかし製品は順調に売れ、事業は次第に軌道に乗った。日本の産業界では、中堅?中小企業が大部分を占める。人や資金が不足しがちな中小企業でも安価で導入できる会計ソフトは、まさに社会が求めていたものだった。
そして95年、同年リリースされたWindows95向けの財務会計ソフト「勘定奉行」を発売。「ここから急速な成長が始まった」と和田さんは振り返る。
「それ以前はパソコンメーカーごとにOSが異なっていたのですが、Windowsという共通のOSが誕生したわけです。これに搭載するソフトを開発したことで、市場が劇的に拡大しました。いまでこそ当たり前のように使われているWindowsですが、最初に見たときに『これだ!』と思いましたね」
さらに、「勘定奉行」というインパクトのあるネーミングには、和田さんのある思いが込められている。
「日本企業は応用技術に優れ、お客様志向の細やかな心づかいのモノづくりで世界に存在感を示してきました。私たちもソフトウェアを通じて日本的なモノづくりを実現したいと、あえて漢字の名称を採用し、歌舞伎をモチーフにCMを制作したのです」
OBCは、その後も技術革新の波を捉え、顧客のニーズを細やかに取り入れながら、業界に変革を起こし続けた。現在、クラウドやAIを活用した業務システムを多数開発。グローバル化や働き方改革の推進といった、企業の新たな課題の解決に挑んでいる。
ソフトウェア業界に発展をもたらした功績が認められ、和田さんは2014年に藍綬褒章を受章。創業以来一貫しているのは、「人のため、社会のために」という思い。そして、時機を逃さず迅速に事業化するスピードだ。
「大事なのは、目の前を通り過ぎるチャンスを見逃さず、ここぞというときに果敢に挑戦すること。そのタイミングをつかむには、常に考え続けるしかない。思いと情熱あるのみですね」
「当時、会計システムの専用機は非常に高額でした。パソコン用の安価な会計ソフトを開発すれば、多くの企業の業務効率化を実現できる。誰もやっていないからこそ自分が挑戦しなければと、起業を決意しました。とにかく人や社会に貢献したいという思いが強かった。それは、立教で培ったキリスト教の精神や、中高の先生方の姿に自然と影響を受けていたのかもしれません」
1980年にOBCを設立、会計ソフトの開発に乗り出した。「必ず売れる」という自信はあったが、企業経営は一筋縄ではいかなかったという。
「資金も人も足りず、あるのはアイデアだけ。最初の頃は本当に苦しかった」
しかし製品は順調に売れ、事業は次第に軌道に乗った。日本の産業界では、中堅?中小企業が大部分を占める。人や資金が不足しがちな中小企業でも安価で導入できる会計ソフトは、まさに社会が求めていたものだった。
そして95年、同年リリースされたWindows95向けの財務会計ソフト「勘定奉行」を発売。「ここから急速な成長が始まった」と和田さんは振り返る。
「それ以前はパソコンメーカーごとにOSが異なっていたのですが、Windowsという共通のOSが誕生したわけです。これに搭載するソフトを開発したことで、市場が劇的に拡大しました。いまでこそ当たり前のように使われているWindowsですが、最初に見たときに『これだ!』と思いましたね」
さらに、「勘定奉行」というインパクトのあるネーミングには、和田さんのある思いが込められている。
「日本企業は応用技術に優れ、お客様志向の細やかな心づかいのモノづくりで世界に存在感を示してきました。私たちもソフトウェアを通じて日本的なモノづくりを実現したいと、あえて漢字の名称を採用し、歌舞伎をモチーフにCMを制作したのです」
OBCは、その後も技術革新の波を捉え、顧客のニーズを細やかに取り入れながら、業界に変革を起こし続けた。現在、クラウドやAIを活用した業務システムを多数開発。グローバル化や働き方改革の推進といった、企業の新たな課題の解決に挑んでいる。
ソフトウェア業界に発展をもたらした功績が認められ、和田さんは2014年に藍綬褒章を受章。創業以来一貫しているのは、「人のため、社会のために」という思い。そして、時機を逃さず迅速に事業化するスピードだ。
「大事なのは、目の前を通り過ぎるチャンスを見逃さず、ここぞというときに果敢に挑戦すること。そのタイミングをつかむには、常に考え続けるしかない。思いと情熱あるのみですね」
校友会を通じて立教ファミリーの輪を広げたい
2019年度ホームカミングデーでのスピーチ。当日は、約8,800人が来場した
立教への思いも深い。経済界で活躍する立教OBの誘いをきっかけに、立教経済人クラブ会長、立教大学校友会副会長を歴任、17年から校友会長を務めている。
「少しでも立教大学のお役に立ちたいと思い引き受けました。校友会として、大学が進める改革を最大限バックアップしたいと考えています」
さらに和田さんは、「社会に出て、立教の素晴らしさを改めて感じます」とほほ笑みながら続ける。
「校歌『栄光の立教』の中に『愛の魂正義の心』『自由の学府』という歌詞がありますが、それがまさに立教の良さであり豊かさです。校友会活動を通して、その思いを共有できる立教ファミリーの輪を広げたいですね」
「少しでも立教大学のお役に立ちたいと思い引き受けました。校友会として、大学が進める改革を最大限バックアップしたいと考えています」
さらに和田さんは、「社会に出て、立教の素晴らしさを改めて感じます」とほほ笑みながら続ける。
「校歌『栄光の立教』の中に『愛の魂正義の心』『自由の学府』という歌詞がありますが、それがまさに立教の良さであり豊かさです。校友会活動を通して、その思いを共有できる立教ファミリーの輪を広げたいですね」
目の前のチャンスを逃さない方法は「常に考え続けること」しかない
最後に、自らの経験を踏まえ、後輩たちにこう力強くメッセージを送った。
「いま、世界全体で産業構造が大きく変わろうとしています。変革の時代には、夢があり、ロマンがあり、チャンスがある。チャレンジすれば、必ず道は拓けます。ぜひ、大いなる夢を抱いて、果敢に挑戦してください」
「いま、世界全体で産業構造が大きく変わろうとしています。変革の時代には、夢があり、ロマンがあり、チャンスがある。チャレンジすれば、必ず道は拓けます。ぜひ、大いなる夢を抱いて、果敢に挑戦してください」
※本記事は季刊「立教」251号(2020年1月発行)をもとに再構成したものです。定期購読のお申し込みはこちら
※記事の内容は取材時点のものであり、最新の情報とは異なる場合があります。
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プロフィール
PROFILE
和田 成史
1968年 立教中学校卒業
1971年 立教高等学校卒業
1975年 立教大学経済学部経営学科卒業
1976年、公認会計士第2次試験合格。1980年3月公認会計士登録、6月税理士登録。同年12月に株式会社ビック?システム?コンサルタント?グループ(現株式会社オービックビジネスコンサルタント)設立。1999年に株式公開、2004年に東証一部上場を果たす。2014年、公共の利益に貢献した人物に贈られる藍綬褒章を受章。一般社団法人コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)名誉会長?理事、経済産業省 産業構造審議会ソフトウェア小委員会委員などを務める。
2017年、立教大学校友会長に就任。